So-net無料ブログ作成
検索選択

稀勢の里 横綱昇進に裏事情あり!? [スポーツ]

日本中が歓喜に沸いた稀勢の里横綱昇進でしたが、それに水を差すような気になる裏事情らしきニュースを知りました。

初場所千秋楽翌日に行われた横綱審議会では、満場一致で横綱に推挙された稀勢の里ですが、その時協会より配られた資料というのが、直近の4横綱朝青(朝青龍、白鵬、日馬富士、鶴竜)の昇進前「6場所」成績を載せた異例のものでした。

横綱昇進については横綱審議委員会の内規で、「大関で2場所連続優勝か、それに準ずる成績」が条件とされています。

しかし、先場所は12勝3敗で準優勝したとはいえ、優勝した鶴竜と星の差が2つ。これを「優勝に準ずる成績」と見るかは意見の分かれるところで、たとえ初場所で優勝したとしても、横綱昇進の条件を満たすとは言い切れないのではないか、という声も聞かれていました。

期待に応えて、初場所は稀勢の里が14勝1敗で見事優勝。

しかし、日馬富士、鶴竜の2横綱が休場で対戦なし、優勝争い大詰めの13日も、大関 豪栄道の休場で不戦勝するなど、かなりラッキーな面もあり、「直近2場所の成績だけだと条件を完全には満たしていない」という認識が協会側にもあったようです

実はこの話、場所前から稀勢の里が所属する二所ノ関一門の関係者を中心に、昨年の最多勝などを論拠として「初場所は稀勢の里にとって綱取り場所」とアピールされ、お膳立てされていたところもあったようで、冒頭のような資料をもとに審議ということになったのでしょうね。

こうした協会をあげての後押しに対し、反発を抱いていたとみられるのが横綱 白鵬でした。

千秋楽の結びの一番の前に、白鵬は付け人相手にしきりに左四つに組む稽古。右四つ得意の白鵬が、あえて対戦相手の稀勢の里の得意の左四つで組んだ上で勝利し、格の違いを見せつけ、昇進ムードの協会に恥をかかせてやると、周囲に意気込んでいたそうです。

でも、結果は一直線に押し込みながら、土俵際でのすくい投げを食って逆転負け!
かえって白鵬の力の衰えを感じさせる一番になってしましました。

自分の目論見がはずれ、稀勢の里の優勝に花を添えてしまった白鵬。横綱審議委員の方々も、この一番を見せられたら、何も文句は言えなくなったことでしょう。

可笑しいのは、場所後にTV出演した時の白鵬関。稀勢の里に負けたのがよっぽど悔しかったようで、「これからが本当の勝負だ」みたいなことを盛んに言っておられました。
来場所以降の二人の対決が楽しみです!


来場所以降の白鵬VS稀勢の里 戦が気になってきたぞ
という方は、ポチッとお願い致します!

人気ブログランキングへ

太極拳マスターを目指して! [太極拳]

私事で恐縮ですが、太極拳マスターを目指しており、2年ほど前から24式簡化太極拳を習っています。「わずか2年ほどしか習っていない者が、何を偉そうに」という声が聞こえてきそうですね。

でも、私の太極拳との出会いは40年前、高校生の頃にまで遡ります。

あの頃、ブルース・リーが大人気で、世の中ものすごいカラテブーム。私もそれに巻き込まれ少林寺拳法に入門しました。
習っていくうちに、少林寺拳法はもともと中国の拳法(と、そのころは信じていました)だ、ということで中国拳法に関心を持ち始め、その手の入門書を買い集めました。中でも興味を引かれたのが「太極拳」だったのです。

その時買って、今でも大切に持っている本、
原著 楊澄甫 編著 笠尾恭二「精説 太極拳技法」(東京書店 刊)
IMG_7769b.jpg
この本の中で、中国の人民服みたいな衣装を着た著者が、見たこともない不思議なポーズをとっていました。
これが、私と太極拳の出会いです。

当時は、まだ家庭用ビデオなどなく、この本に載っている分解写真をたよりに、何とか覚えようと熱心に練習したものです。そして通り一遍の流れは覚えたのですが、当然それがどの程度正しいのか判断できません。

そんな折、何かで「簡化太極拳1日講習会」があると知り、これだ!とばかりに参加をし、
はじめて「動いている太極拳」を目にしたのでした。

その後も興味を無くすことなく、忘れない程度には動いていましたが、再び本気で学び出したのは、三十歳を過ぎたころです。

体調を崩し、医者にかかれば自律神経失調症との診断。処方された安定剤を飲み続けてもあまり効果がなく、半年間ほど鍼灸治療に通い、そのあとは気功教室へ参加。
そこで再び「動いている太極拳」に巡りあったのです。

気功教室が体に合ったようで、体調は徐々に良くなっていきました。そうなると欲が出るもので、24式をはじめ、42式総合、陳式、中央式といろいろな太極拳を学びましたが、やがて仕事が忙しくなってきて、フェイドアウトするように練習から遠のいていったのです。

この時も、やはり興味を無くしたわけではなく、たまには動いていたりしたのですが、型を忘れずおれたのは24式だけでした。そして、話はこの文章の冒頭の部分につながっていきます。

私の太極拳好きは、筋金入りだと分かって頂けたことと思います。
しかし、24式という入門型の奥深さに気付いたのは、今回改めて習いだしてからのことです。益々興味が湧き、好きになったのは言うまでもありません。
もっともっと深く学びたい。そして、この素晴らしいものの紹介者になりたい!

これが、私が「太極拳マスターになりたい」と言っている理由なのです!!


少しでも、太極拳のことが気になって頂けたなら
ポチッとお願い致します!

人気ブログランキングへ

祝 19年ぶりの日本人横綱誕生 稀勢の里関! [スポーツ]

初場所で14勝1敗の幕内優勝、しかも千秋楽では、大横綱 白鵬を破り優勝に花を添えた稀勢の里関。場所後の横綱審議会において、満場一致で第72代横綱に推挙されました。年齢は30歳。新入幕から73場所は昭和以降最も遅い昇進です。

日本人横綱の誕生は、第66代横綱 若乃花(3代目)以来19年ぶりのこと。
1月27日に明治神宮で行われた、奉納土俵入りには一万八千人もの人々が訪れたように、久々の日本人横綱の誕生に、大きな期待が寄せられています。

しかし、不安材料は30歳という年齢から来る体力の衰えです。
大関と違い、横綱には降格はありません。しかし、その最高位に相応しい力量と品格が常に求められます。だから、負けが混み、横綱としての体面を保てなくなったら引退するしかないわけです。

少し過去に遡って調べてみると、稀勢の里関の親方にあたる第59代 隆の里や第57代 三重ノ海、第53代 琴桜などが30歳を過ぎて横綱に昇進した力士ですが、いずれも短命横綱に終わっています。

では稀勢の里関はどうなのでしょうか。

現時点において、その力量はずば抜けていて、昨年は優勝がないにも関わらず勝率が1位という安定度です。横綱昇進の条件である「二場所連続の優勝」が満たされないのに、文句なしの昇進となったのは、このあたりが評価されたに違いありません。また、初土俵から今までの間に、休場はただの一日という、身体の強さも兼ね備えておられます。

稀勢の里関は、ずいぶん前から横綱候補の最右翼と期待されながら、ここ一番での取りこぼしで、何度かの横綱昇進のチャンスを逃し、メンタル面の弱さを露呈していました。
横綱昇進を果たした今後は、日本中からの大きな期待を背負って、益々プレッシャーがかかることでしょう。

でも、この昇進を機にそんな汚名を返上し、その安定した実力と強靭な肉体で、今までの常識を覆すような、大器晩成かつ長期在位の記憶に残る名横綱になってほしいと思います。

がんばれ 日本代表横綱 稀勢の里関!!


日本人横綱誕生を記念して
ポチッとお願い致します!

人気ブログランキングへ

世の中何が起こる分かりません [日常雑感]

思いもよらなかったことが、身に降りかかってきました。
それが何かは、あえて書きませんが、
幸か不幸かといえば、不幸 です。

ポジティブシンキングという考え方がありますが、
いまは、無理にでもその考えにもっていかなければ・・・。

自分の判断で招いた事態ならば、自業自得。
でも、今回のことは、そうではありません。
突然、つき付けられた現実です。 

しかし、へこんでいる訳にはまいりません。
前を向いて進まなければ。

神様が、背中を押してくれた事態なのだと解釈します。
神様が、与えてくれた考えるための時間と解釈します。
私はそれに応えなければなりません。

人生の集大成として、結果を出す作業に入りました。
なぜ、この世に生を受けたのか、
自分なりの答えを、ぼんやりとは持ってはいたのですが、
それが正しかったのだ、と証明したいと思います。

この一文は、自分の心の整理のために書きました。
公開したのは、第三者に覚悟を示すためです。

私は、私と私の愛する家族のために、
この事態を乗り切り、未来を切り開きます。

しかし、久々に書いた記事がこれだものな-。
「大丈夫、私は前向きだ」
と自分自身に言い聞かせて、今回はおしまい。

To be continued.