So-net無料ブログ作成
検索選択

ブルース・リー「截拳道への道」 [太極拳]

以前、「太極拳マスター」を目指す私の原点の一つとして、「燃えよカンフー」というテレビ映画と、その主演のデビッド・キャラダインについて書きました。
こちらです[>]燃えよカンフー デビッド・キャラダイン演ずる拳法の達人への想い

本日は、そのデビッド・キャラダインと因縁の深いブルース・リーについて、書きます。

映画スターであったブルース・リーの、もう一つの顔は、言わずと知れた中国武術家です。
ブルースは、師匠である「葉問(イップマン)」より教えを受けた詠春拳をベースに、節拳(弾腿門)などのカンフーの技術、レスリング、ボクシング、サバット、合気道、柔道などさまざまな格闘技、フェンシングなどの技術・エッセンスが取り入れられている武道 截拳道(ジークンドー)を創始しています。

私の手元に「秘伝截拳道への道」という一冊の古い本があります。

せっけん道2.jpg

これは、1970年に背中に重傷を負ったブルースが、養生を余儀なくされた6カ月間の間に書き溜めた書類を、一冊の本にまとめたものと言われています。

大学では「哲学」を専攻していたというブルースだけあって、記載された言葉には、いちいち重みが感じられます。その膨大な言葉の中から、「心の章 禅について」より、ほんの一部引用させてもらいましょう。

********************************************************************************

■武道において悟りを開くという事は、「真の知識」即ち「真の命」を不明瞭にするものすべてを消滅させることである。同時にそれは無限の拡張を意味する。実際の焦点は、全体に合併していくある特殊の部門を修練することにあるのではなく、むしろその特殊な部門に流入し、結合する全体に対しておかれているのである。

■空(くう)というものは、此と彼の中間に存在するものである。空はあらゆるものをふくみ、その逆を持たず、それが除外するものは何もない。それは生命の空である。万物はそこから生じるのであり、その空を理解するものは、生命と力とすべての生き物に対する愛情とで、溢れるのである。

********************************************************************************

どうです?
格調高すぎて、「なるほど、そういうことか」とはなりにくいですよね。
では、もう少し短くて、素直に心にタッチしてくるような言葉を引用します。

********************************************************************************

■無を定義づけることはできない。きわめて柔らかいものは、ぶつっときれたりしない。

■自我の意識は、あらゆる肉体活動の適切な行為にとって最大の障害である。

■病に逆らわず、共に生き、その相手をしてやるのだ。こうすることがそれを取り除く方法である。

■確言は、その中で主張されるものにこだわらずに、それ自体が行為であるときのみ禅である。

■確かな教えはない。私が与えるものは、一部の患いのための適当な薬にすぎない。

********************************************************************************

この本には、このような言葉が鬼のように詰め込められています。
こんな難しい事書いていたのは、ブルースが30歳になったかならないか、くらいの頃ですよ。
凄いです。でも、そうとう面倒くさい奴だったのかも知れませんが。


また、この本には、技術面での気付を書き留めたと思われる、多数のスケッチが掲載されています。研究熱心さに驚きますし、絵の上手さにも感心させられてしまいます。

IMG_7884.jpg

いかがですか!
ブルース・リーはただのアクション俳優でなかったという事が、
改めてご理解頂けたのではないでしょうか。


加えてブルースは、自己プロデュース能力に長けていたことが特筆されます。

1940年、演劇役者の次男として巡業先のアメリカで生まれたブルースは、生後3か月余りでサンフランシスコで制作された映画に出演。香港に戻ってからは8歳頃より子役として多くの映画に出演しています。

正式に武術を学んだのは、香港での少年時代に、葉問のもとで修業をした5年間ぐらいのものです。18歳でアメリカに渡った後も、独自の研究は続けましたが、試合などの実戦経験も少なかった(香港時代にケンカはしまくっていたようですが)にもかかわらず、大学時代にはすでに中国拳法の道場を開設経営。
俳優経験者だけあって、自分を売り込むのが得意だったのでしょうね。

そして、1966年の「ロングビーチ国際空手道選手権大会」に、“参戦”するのではなく、詠春拳のデモンストレーションで“参加”。これがTVプロデューサーの目にとまり、TVドラマ「グリーンホーネット」のでの準主役に抜擢されました。
これも、将来映画スターになるための、計算された行動であったようにも思えます。

これをきっかけに、ハリウッド俳優やプロデューサーに武術の個人指導をしたり、TVや映画のゲスト出演をするようになっていくわけです。あとは香港での映画出演・制作を経て、その評判を受けてハリウッドに戻り、「燃えよドラゴン」主演へと繋がって行きます。

背中の大怪我や、香港に戻る前のアメリカでの、俳優としての若干の挫折はありましたが、ほぼブルースの目論見通りに事は進んでいったのではないでしょうか。


ブルースの生涯の目標が、映画スターになることそのものか、自分の創り上げてきた「截拳道」を広める手段として映画スターを目指したのか、本当のところは本人しか分かりません。
しかし、どちらにおいても、偉大な業績を残したのは疑いようのない事実です。

そして、「燃えよドラゴン」の成功を目にすることなく、ブルースは天に召されます。
最後に自らの死をもって自らを永遠の伝説にしたという、結果として最高最強の演出をしたのは、いかにもブルースらしいと言えるのかもしれません。


さて、紹介したこの本の前書きを、ブルースの奥様であったリンダさんが書いているのですが、次のような言葉で結んでいます。

「この本を読み終わったときには、きっとブルース・リーをもっと理解していただけることと思います。しかし私は、それ以上にご自身を理解されるよう願っております。心を無にして読み、理解し、そして経験し、ある地点に達した後は、もうこの本をお捨て下さい。(ブルース・リーの妻)」


私は、死ぬまでこの本を捨てられそうにないようです。


「私、ヌンチャクを振る真似事できます」という方、
ポチッとお願いします!

人気ブログランキング


燃えよカンフー デビッド・キャラダイン演ずる拳法の達人への想い [太極拳]

今日は、「太極拳マスター」を目指す私にとっての、
原点の一つとも言える、アメリカのTV映画&ドラマシリーズの話を一席。

’70年代半ば、カンフー映画が大流行しました。
きっかけはもちろんブルース・リーの「燃えよドラゴン」です。それ以降、日本で馴染みのなかった香港製の「カンフー映画」が日本で次々公開され、大ブームとなったのです。

しかし、そのどれもがみごとにB級作品。
ワンパターンのストーリーに迫力のない殺陣、ブームに乗って量産された雑な造り、これが繰り返されたわけですから、たちまち食傷気味になってしまいました。

そんな中、1本のテレビ映画が日本で放映されました。
「燃えよカンフー」です。

私は、いつものカンフー映画を観るノリで、観始めたのですが、
すぐに「これは何か違う」と気付きました。

その映画は体裁としては西部劇。
しかし主演のデビッド・キャラダインが演じるのはガンマンではなく、
カンフーの達人クワイ・チャン・ケインでした。

005.png
酒場での「つかみ」の格闘シーン。YouTube 動画をキャプチャーしました。

一人の若い男が、砂漠を彷徨うシーンから始まり、西部のとある町に着くところから物語が展開されて行くのですが、ところどころにフラッシュバック的に回想シーンが挟まれていきます。やがて話が進むにつれ、なぜケインがその西部の街にやってきたのかが、それらの回想シーンによって詳らかにされていくのです。

回想シーンでは、中国人とアメリカ人のハーフであるケインが、少林寺に入門を許され、厳しい修行の様子が描かれて行きます。その中でのケインとその師匠であるポー先生との禅問答のようなやり取りが、多感な少年であった私の心に響くものだったのです。

アメリカでは、この「東洋の神秘的な仏教観」みたいなものが受けたらしく、
この後TVシリーズ化され人気を集めました。

日本でのシリーズ放映は、深夜の時間帯にもかかわらず5%程度の視聴率を稼いでいたと記憶しております。当時のことですからビデオデッキなど家にはなく、毎週深夜にリアルタイムで食い入るように観ていたものです。

本作の原案はブルース・リー。
当然、自らが主演することが前提でしたが、「見た目がハーフに見えない」「英語の訛りが強すぎる」などの理由で実現できませんでした(東洋人を主演にできないという差別があったともいいます)。

原題は「KUNG FU(カンフー)」。日本放映時に「燃えよカンフー」としたのは、当然「燃えよドラゴン」の人気にあやかってのことでしょうが、皮肉な話です。

そして、代わりに主役を演じたのが、デビッド・キャラダインだったのですが、
私的にはこちらが大正解!と思っています。

よく指摘されるように、確かにカンフー素人のデビッド・キャラダインのアクションはショボいのです。映画では、巧みなカット割りのおかげで、うまくごまかせていたのですが、続く長いシリーズではボロを出しまくっています。

しかし本作及びシリーズの見どころは、凝ったストーリーと「西洋人がイメージする東洋」という独特の作風であり、デビッドの持つ優し気な風貌や醸し出す雰囲気は、この人以外考えられないレベルでのはまり役だったと思います。それにアクションは付けたし程度でしたから。

それでも私は、数少ないアクションーンは楽しみにしてはいました。ただし「デビッド、今回もがんばれ!」と応援するような気持で観ていたのですが。



さて最後に、ケインとポー先生のやり取りの1シーンを!


「先生、愛する者を失った時は、どうすればいいのですか?」

「まことの愛は決して失われることがない、と知るがよい。死んだ後でこそ、初めて絆の深さがわかるものだ。そして生前よりもより強く、その人間と一つになることが出来る」

「それは長い間知っていて、愛した人の場合だけ、そうなるのでしょうか?」

「時には、ほんのつかの間の巡り逢いにおいて互いの魂を永遠の絆で結ぶ者もある」

「行きずりの未知の人であっても、それは可能でしょうか?」

「魂の世界には、時間の長短はないのだ…」


…やはり深いです。



この作品、今の若い人にも観てもらいたいな、と思われた同年代の方、
ポチッとお願い致します。

人気ブログランキング


理想の太極拳表演 東京太極拳協会 清水理佐さん [太極拳]

何度も書いていますが、私、太極拳を習っております。
いい年ぶら下げた中高年ですので、闘うためではありません。
健康維持増進のため、が目的です。

となれば、毎日こつこつと練習を続ける、
という事だけでいいわけですが、それではちょっとさびしい。

それで目標として、
日本武術太極拳連盟の資格をとる、
表演競技に出場して、それなりの成績を残す、
を掲げています。

資格の方は、約2年かけて1級まで取得しました。
今年は初段獲得を目指しています。

表演競技の方は、昨年地域の競技会に出場し24式太極拳の1部門で優勝。
今年の2月、大阪府武術太極拳選手権大会に出場し、24式太極拳の1部門で3位でした。
この大会についてはこちらにも書いていますので、よろしければついでに!

太極拳を練習している人にしか分からない事なのですが、
実は、資格取得用の表演と競技会用の表演は、
同じ套路(型)でも、求められるポイントが違うのです。

表演競技というのは、イメージとしたら太極拳版新体操。
太極拳の基本は押さえておかなければならないのですが、
プラス表現力が問われます。

私が習っている教室の指導は、完全に資格取得用。
表現力を指導してくれる人はいません。

そこで、参考にしようとしたのが、
youtubeにアップされている、いろんな方の表演です。

Youtubeでは、その道の達人たちの表演が見放題の状況なのですが、
だいたいは「表現力」の方に重きを置きすぎているように思え、
なかなかしっくりこなかったわけです。

そんな中で、これだ!思ったのが清水理佐さんの表演でした。
youtubeで見ることができたのは、総合太極拳の套路(型)でしたが、
基本と表現力のバランスが、私のとっては理想に思えました。
おまけに、すごく綺麗な方でしたし!

o0480027013418198645.jpg
出展 アメーバブログ 【からだ】と【宇宙】な毎日

清水理佐さんは、東京太極拳協会に所属されています。
以下は協会のホームページにある、清水さんの紹介です。
<≪取得資格≫
東京太極拳協会 1級指導員
日本武術太極拳連盟公認3段(技能検定制度)
日本武術太極拳連盟公認A級指導員(指導員資格)
日本武術太極拳連盟公認2級審判員
≪経歴≫
第12~13回全日本武術選手権大会 総合Cの部 優勝
1993年 第一回JOCジュニアオリンピックカップ 太極拳の部優勝
1994年 北京 国際武術競技大会 女子総合太極拳の部2位
1995年 アメリカ 国際武術選手権大会 女子太極拳の部第2位
1996年 フィリピン アジア武術選手権大会 女子太極拳の部第2位 太極剣の部第1位
2011~13年 全日本武術太極拳選手権大会 総合太極拳ABの部連続優勝

まあ、私のようなレベルの者からしたら、雲の上の人ですね。
幸い、理佐さんが演じる24式太極拳のDVDも入手できました。
少しでも、理佐さんの太極拳に近づけるよう、練習したいと思っております。
ただし、あの華麗さは、おっさんの私には真似できませんが。


次回の大阪府大会では、優勝を狙いたいと思いますので、景気づけに
ポチッとお願い致します!

太極拳「ゆったり表演服」は着ることが表演の一部なのです [太極拳]

太極拳の表演競技に参加するとき、選手は「表演服」と呼ばれている特殊な服を着ます。太極拳の表演動画をご覧になられたことがある方なら、「あ、アレね」と思い当たると思います。「光沢のある柔らかそうな生地、ゆったり上着にだぶだぶパンツ」のアレです。

あの服ですが、地方大会などにおいては「ユニフォームは指定しないが、武術太極拳の競技に適した服装をすること」程度のルールですが、全国大会ではけっこう厳格な「きまりごと」があります。
----------------------------------------------------------------------------------------
服装規定抜粋(画像共) 日本武術太極拳連盟のホームページより

第26回大会より,服装規定が一部変更となり,下記の種目に出場する選手は統一デザインユニフォームを着用しなければならない。

●太極拳ユニフォーム
色: A,B,C3種類とも,色は自由。但し,上着とパンツは必ず同色とする。各種類とも,刺繍,スパンコール,グラデーションなどの装飾や色変わりは不可。
BのパイピングおよびCの脇・袖内側切替は別色可。但し,別色は一色とし,複数色は不可。
上着:ファスナーによる前開き式とする(ファスナーは,上下全面使用でも,上部半分使用でも可)。
右側寄り,または左側寄りの偏開き方式は不可。チャイナボタン,中国組紐ボタンは禁止する。

ev01-0905-0301.jpg

ev01-0905-0304sb.jpg
----------------------------------------------------------------------------------------

ここまで規定するのには、理由があります。
一言でいうと「競技大会としての風格を保つこと」です。
ひところ参加選手の服装は、中国選手を中心に、華美なデザインに自由化され、とてもスポーツ競技大会とは思えないものになっていったようです。
武術太極拳を、オリンピック正式種目を目指す国際的な競技スポーツとして発展させるためにはこれではまずい!ということで、全国大会での統一デザイン競技用ユニフォームの着用を義務付けてきた、というわけです。

私も競技会に出場する際には、日本規定ファスナー式のアレを着るのですが、家族からは白い目で見られております。「怪しげなカルト教団の信者を連想する」というのがその理由だそうです、失礼な!!

第25回大阪府武術太極拳大会の記事はこちら 

            ドンジャオ22.jpg                
あの「ちょっとだぶついた、ゆったり具合」には意味があります。
「弛み」を表現するのに都合がいいのです。

太極拳を練習するとき、動作を覚えることと一緒に必ず要求されることが
「弛める」ということです。

具体的に言うと
「肩を沈める」「肘を落とす」「腰を和らげる」「重心を落とす」
などを注意しながら套路(型)を練習するわけです。

表演競技では、それらのことが「見て、ちゃんとできているでしょ!」
ぐらい、ちょっとオーバーに表現すると点数が稼ぎやすいのです。

ゆったりした布の垂れ下がり具合が、
「力まずに動いていますよ、ゆったり立っていますよ」感を助長してくれます。
早い話が、うまく見せるためのアイテムなのですよ。

ただし、だぶだぶすぎるのも見苦しいものになります。
自分の身体にフィットしながらも、ゆったり感があるのが理想です。

身体に合った表演服は、
体をリラックスさせながらも、競技者としての気持ちを高めてくれる、
そんな重要なアイテムでもあるのです。


シャーシー22.jpg
この姿が気になったら
ポチッとお願い致します!



人気ブログランキングへ

「中国武術雑誌」はどうなった。そしてインターネットの功罪をちょっと嘆く。 [太極拳]

インターネットが普及していなかった頃、雑誌は貴重な情報源でした。
私が好きな「太極拳・中国武術」にも、かつては色々な専門誌がありました。

本日は、私の手元に残る数種の専門誌を中心に、その歴史を振り返ってみたいと思います。
但し、各誌の書評は、私の「独断」と「偏見」に満ちたかなり怪しいものであるとお断りしておかなければなりませんが。


1982年に公開されたリー・リンチェイ(ジェット・リー)主演の映画「少林寺」が大ヒット。たちまち中国武術の大ブームが起きました。
それを受けて、いくつもの中国武術関連の雑誌が創刊されます。
代表的なものを2誌あげておきます。

・中國武術 ベースボールマガジン社

01a.jpg

太極拳をはじめとした、表演競技としての武術を中心とした編集の季刊誌でした。
印象としては「業界紙」。「こんな事がありました」的な記事が多かったように思います。


・武術(ウーシュウ) 福昌堂

02.jpg

マニア向けの「実戦的」とされる伝統武術を中心とした編集。故 松田隆智氏がよく寄稿されていました。八極拳や心意六合拳といった、それまであまり耳にすることもなかった拳種を、メジャーなものにした功績は大。ブームに乗って月刊誌としてスタートしたけれど、いつの間にやら季刊誌に。

両誌とも、私が本格的に太極拳を習いだした、90年代初期より購入しだしました。
正確には憶えていませんが、「中國武術」は90年代半ばには廃刊になったのではないでしょうか。「武術」の方は頑張ったのですが2004年冬号で休刊となっています。


1993年には映画「天地大乱」がヒット。主演のリー・リンチェイが再び脚光を浴び、中国武術にも注目が集まる中、満を持して、よりマニアックな雑誌が創刊されます。

・武藝 中国武術 BABジャパン

03.jpg

内容はかなり専門的に突っ込んだ記事が多く、この私が「読むのめんどくせー」と思うレベルでした。生ける伝説 蘇昱彰老師の記事が多かった印象があります。これも月刊誌→季刊誌→フェイドアウトみたいな流れで、わりと短命に終わったようです。


「武藝 中国武術」に遅れること約1年。孤高の太極拳専門誌が創刊されます。

・太極(たいちー) 長征社04.jpg

04.jpg

こちらは専門的を通り越して、宗教レベルの太極拳専門誌でした。創刊号は、徐才や馮志強といった中国武術界の錚錚たる名士から寄せられた祝辞が巻頭を飾り、華々しくスタートを切りましたが、2号で廃刊となってしまいました。


時は流れて2007年。中国武術ブームでも何なんでもないこの時期に、空手雑誌の姉妹誌として、久々に本格的な中国武術専門誌が創刊されます。

・J Kung-Fu [ジェイ・カンフー] CAMP

05.jpg

「JK Fan 空手道マガジン」の別冊という形で創刊。表演武術から伝統武術まで幅広く網羅され、内容も相当に深いレベル。おまけに記事に準拠したDVDまで付いているという凝り様です。あまりの充実度に、「力入りすぎやろ、大丈夫か?」と思ったのですが、予感的中。
2号が出ることもなく廃刊となってしましました。


そして2014年、新たなスタイルの太極拳専門誌が創刊されました。

・TAI CHI LIFE  マーブルブックス

062.jpg

太極拳を取り入れた生活を提案する、どちらかといえば女性をターゲットとした編集のようです。どうも私のようなコアな太極拳好きには物足りない内容みたいですね、読んだことないけど。この雑誌、3号まで発行されましたが、止まっています。事実上廃刊でしょうね。

やっぱりこの手の専門誌は、バックでブームみたいなものがなければ存続は難しい、ということですね、残念ながら。


2016年、「武術」の福昌堂が倒産しています。原因は言わずと知れたインターネット普及による書籍・雑誌の売り上げ激減。活字好きにとっては、時代の波を感じるさびしい話です。

私は、時折思い出したように、古い雑誌を開くことがあります。
パラパラとページをめくる中で、ふと目にとまった記事に、当時の思い出を重ね合わせ悦に入る、なんてことは雑誌という紙媒体ならではのシチュエーションですよね。

このご時世でも、新店舗をオープンさせている大型書店ジュンク堂の例もあります。
やり方は「ある」という証だと思うのです。
紙媒体の雑誌という文化の火を、絶やさないでほしいと願うばかりです。


特に買いたい本がなくても本屋に行くのが好きだ、という方は
ポチッとお願い致します!

人気ブログランキングへ

第25回大阪府武術太極拳選手権大会 [太極拳]

今日は、私の日記です。

第25回大阪府武術太極拳選手権大会
に、参加してきました。

taikai.jpg

大会日程は2月17日(金)、18日(土)、19日(日)の三日間。
競技参加者はのべ(複数の競技参加者があるため)1300人程度。
内、女性が7割ほどを占めています。
太極拳=オバサンのイメージを持っている方が多いと思いますが、
その通りでした。

年齢層は高めです、やはり。
でも、小中学のちびっこ達の、長拳などのアクロバティックな種目もありました。

私は、18日(土)に行われた
男子24式太極拳F(満50歳以上59歳以下)
に参戦。

結果は3位。
銅メダルをいただきました。

IMG_7831.jpg

優勝するつもりで参加していたので、ちょっと悔しい。
でも、やっぱり嬉しい。

表演は、体育館の床に敷かれた絨毯の上で行われました。
この絨毯が曲者!

普段、硬い床の上で練習しているものにとって、あの柔らかさは違和感MAXです。
また、私はこの大会のため、新しい靴を買ったのですが、それが裏目に出ました。

靴裏のゴムが、新品ゆえにグリップが良すぎて、
絨毯の上でやたらと引っかかるのです。
靴裏を気にしながらの表演は、審判の目にはぎこちなく映ったことでしょうね。

今回購入した靴も、来年の大会までには足に馴染むでしょうし、
グリップの加減もちょうど良いぐらいになると思います。

来年は優勝するぞ!
と誓って、本日はオシマイ。




人気ブログランキングへ

人は、ホントに「く」の字になって宙を舞う [太極拳]

本日も、太極拳思い出話を一席お付き合いください。

けっこう年配の人でなければ、知らないと思うのですが、
90年代初め頃、西野流呼吸法というのが流行ったことがあります。

もとバレーダンサーだった西野皓三氏創始した健康法で、
「対気」と呼ばれる「人が飛ばされる」パフォーマンスで有名でした。

初めて知ったのは、雑誌の記事です。そこに掲載された写真は、片手をサッと伸ばしたようなポーズをとる西野氏の斜め前方に、身体が「く」の字に曲げながら飛ばされている人の姿が!という、かなりインパクトのあるものでした。

その後、テレビなどでも盛んに取り上げられるようになり、実際に「動く対気」を目にしました。それは、太極拳の単推手の応用のようで、数度の押し合いのあと、師匠が「気」を発し、高弟が飛ばされるといったもの。

しかし、雑誌記事の静止画像のような迫力のものとは程遠い印象でした。
西野氏の相手をする高弟が、自ら地面を蹴って飛んでいるようにしか見えなかったからです。

「あんなのインチキだ」と当時のマスコミを騒がせた、このパフォーマンスですが、結論は「気に感応したい人だけが飛ぶ」といったようなものと記憶しています。ぜんぶがインチキではないが師弟間等でしか成り立たない技で、武術的な価値はないということです。

私も、そう思っていました。人は簡単に飛ばされるわけがないと。
さて、長い前置きでしたが、ここからが本題。

私がその頃、太極拳を習っていた大阪太極拳協会で、中国から陳氏太極拳の正宗継承者である陳正雷老師を招いた講習会ときのことです。

陳 正雷.jpg
陳正雷老師。ベースボールマガジン社刊 陳氏太極拳テキスト 表紙より

いつも一緒に練習している若い男性が、攻防のことで質問をしました。
すると陳老師は、その男性を呼び寄せ、推手を始めるような形で、手首、肘を触れ合いました。

「何が始まるのかな」と思った次の瞬間、陳老師の体がわずかに震えたかと思うと、その男性の身体は、弾き飛ばされたかのように宙に舞ったのです。
その飛行姿勢は、まさに「く」の字。しかも鋭角ぎみ。
2mぐらい飛ばされ、くの字姿勢のまま、お尻でランディングです。

陳老師の見事な早業に、周りで見ていた受講生たちは「ウォーッ!!」。
飛ばされた件の男性は、痛いお尻を抑えつつ、恥ずかしそうに頭を搔きながら、みんなのところへ戻っていきました。
老師への質問に対し、身をもって教えられたこの「答」を、この男性は生涯忘れられないことと思います。

この一件で、「やり方によれば、人は簡単に飛ぶ」と認識が変わりました
怪しげな気のやり取りに頼らなくても、掛けることのできる技として存在すると。

この講習会の会場でサインをして頂いた、陳正雷老師の著書「陳氏太極拳テキスト」は、この驚異の技目撃の記念として、今でも大切に保管しております

陳正雷老師サイン2.jpg


やるな、太極拳!と感心頂けたなら、
ポチッとお願い致します!

人気ブログランキングへ

「中央式太極拳」って、知ってます!? [太極拳]

今回は、私の太極拳の思い出話に、お付き合いください。

今から25,6年も前の話です。
私は三十代に入った頃、体調が優れない時期が続きました。
医者の診断は、「自律神経失調症」

処方された安定剤を飲み続けるも、あまり効果を感じず、東洋医学に助けを求めます。
半年間の鍼治療のあと、そのころブームであった気功教室へ。

そこで出会ったのが、「中央式太極拳」でした。

太極拳IMG_2509.jpg
中央式太極拳イメージ。アジア文化芸術連盟のサイトより引用

別名「 双辺太極拳」。日本柔拳連盟というところでは、嫡流の伝承者 地曳秀峰氏が「正宗太極拳」として指導されています。でも、日本の太極拳界全体から見ればマイナーな存在で、太極拳愛好者でも知らないという人が多いようです。

さて、中央式太極拳の成り立ちの説明です。
ときは1940年、第二次世界大戦を目前にした、不穏な空気が漂う時代背景を受け、南京中央国術館 副館長 陳泮嶺氏が中心となって、「各派の粋を集め、技撃力を高める」という目的で編成された究極の総合太極拳が作られました。それが「中央式太極拳」です。

その後、国民党政府の台湾への移動に伴い、陳泮嶺氏も渡台し、
台湾の地で広く普及していきます。

日本へは1959年、陳泮嶺氏の兄弟弟子であった王樹金氏によって伝えられています。
その頃の王樹金氏の強さは驚異的であったようで、数々のエピソードが伝わっています。
腕自慢の日本の武術家を子ども扱いにした、黒人ボクサーを一撃でKOした、等々。

私が教えを受けたのは、その王樹金氏の孫弟子の 李鴻儒という方です。

私がいた気功教室へは、「外丹功」という気功法の指導で来られたのですが、その時ついでに表演された「中央式太極拳」の方に、多くの生徒が魅了されてしまい、「李老師の教えを乞おう!」となったのが発端です。

套路(型)は99式という長いもので、演武するには20分程度かかります。重要な技は繰り返しも多いため混乱しやすく、順番を覚えるだけでも大変です。

また、李老師の教授法は、「きっちりとカリキュラムを組んで順番に」というものではなく、その時の「ひらめき」を大切にするスタイルであったため、「あれ、この間の説明と違うやん!」という事もよくありました。こっちの面でも皆さん混乱気味でした。

実戦派の流を汲むだけあって、李老師の推手は、時には過激な様相を呈します。
練功のかいあってか、体調も回復してきた私は、積極的に推手の相手を務めさせて頂きましたが、よく豪快にすっ飛ばされたものです。

試しに身体を打ってもらったこともあります。
「危ないから」ということで上腕部にしましたが、触れた状態からの軽い一打のはずが、想定外の痛さに、「うおっ!」という悲鳴とともにその場にうずくまったことを憶えております。

近頃はインターネットがあるので、李老師が今でも元気に指導されている様子を、うかがい知ることができます。長らくお会いしていませんが、私のこと少しぐらいは憶えていてくれてますでしょうか。

今私は、24式太極拳しか練習していませんが、久々に推手をお願いしたいものです。
ただし、歳も重ねたことだし、あの頃のように派手に飛ばされるのは勘弁いただきたいですが。


少しでも太極拳に興味を持って頂けたなら、その記念に
ポチッとお願い致します!

人気ブログランキングへ

32式太極剣 始めました! [太極拳]

太極拳にも段位があるのをご存知でしょうか?
もちろん公的資格ではありません。
日本武術太極拳連盟というところが出している、認定資格です。

同連盟は、日本の太極拳界における最大組織で、各都道府県の武術太極拳連盟を傘下に置き、さらにその下には膨大な数の下位組織や教室などが名を連ねています。

技能検定として、5級から1級、初段~4段(5段もできるみたい)
その他に、公認審判員や指導員などの資格があります。

趣味で個人が太極拳を練習していくことにおいては、こんな資格など無くても、何の差支えもありません。でも、太極拳を習得して人に教えたい、となれば話は別。習う側にとって、「先生」の技量を推し量るための、最もわかりやすい目安になるからです。

turugi.jpg
私の剣です。刀身はジュラルミン製。もちろん刃はついていません。

私も、2年ほど前に、太極拳の練習を再開してからは、将来、人に教えることをにらんで、コツコツと技術認定資格を取り続け、現時点で1級まで進級してきました。いよいよ今年は初段の試験を受ける予定です。

初段までは、「24式簡化太極拳」ができれば受験できますが、
2段受験の際には、「32式太極剣」を覚える必要があります。

初段以上の試験は、年一度しか行われていないため、私の場合、今年初段に受かったとしても、2段受験は来年となります。

だから、あせって剣の型を覚える必要もないのですが、すごく興味が湧いてきたもので。徒手で演じる太極拳の套路(型)は、いくつも学んできたのですが、剣は持つことさえ生まれて初めてなもので、かなり戸惑っております。でも、面白い。

剣などの器械は手の延長であり、器械をうまく扱えるようになれば、おのずと徒手の技術も向上するのだそうです。そうと知れば、練習にも力がはいるというもの。

ますます太極拳の深みにはまっていきそうな予感です!


太極剣なんて興味ないよ、という方も、ここは情けで
ポチッとお願い致します!

人気ブログランキングへ

太極拳マスターを目指して! [太極拳]

私事で恐縮ですが、太極拳マスターを目指しており、2年ほど前から24式簡化太極拳を習っています。「わずか2年ほどしか習っていない者が、何を偉そうに」という声が聞こえてきそうですね。

でも、私の太極拳との出会いは40年前、高校生の頃にまで遡ります。

あの頃、ブルース・リーが大人気で、世の中ものすごいカラテブーム。私もそれに巻き込まれ少林寺拳法に入門しました。
習っていくうちに、少林寺拳法はもともと中国の拳法(と、そのころは信じていました)だ、ということで中国拳法に関心を持ち始め、その手の入門書を買い集めました。中でも興味を引かれたのが「太極拳」だったのです。

その時買って、今でも大切に持っている本、
原著 楊澄甫 編著 笠尾恭二「精説 太極拳技法」(東京書店 刊)
IMG_7769b.jpg
この本の中で、中国の人民服みたいな衣装を着た著者が、見たこともない不思議なポーズをとっていました。
これが、私と太極拳の出会いです。

当時は、まだ家庭用ビデオなどなく、この本に載っている分解写真をたよりに、何とか覚えようと熱心に練習したものです。そして通り一遍の流れは覚えたのですが、当然それがどの程度正しいのか判断できません。

そんな折、何かで「簡化太極拳1日講習会」があると知り、これだ!とばかりに参加をし、
はじめて「動いている太極拳」を目にしたのでした。

その後も興味を無くすことなく、忘れない程度には動いていましたが、再び本気で学び出したのは、三十歳を過ぎたころです。

体調を崩し、医者にかかれば自律神経失調症との診断。処方された安定剤を飲み続けてもあまり効果がなく、半年間ほど鍼灸治療に通い、そのあとは気功教室へ参加。
そこで再び「動いている太極拳」に巡りあったのです。

気功教室が体に合ったようで、体調は徐々に良くなっていきました。そうなると欲が出るもので、24式をはじめ、42式総合、陳式、中央式といろいろな太極拳を学びましたが、やがて仕事が忙しくなってきて、フェイドアウトするように練習から遠のいていったのです。

この時も、やはり興味を無くしたわけではなく、たまには動いていたりしたのですが、型を忘れずおれたのは24式だけでした。そして、話はこの文章の冒頭の部分につながっていきます。

私の太極拳好きは、筋金入りだと分かって頂けたことと思います。
しかし、24式という入門型の奥深さに気付いたのは、今回改めて習いだしてからのことです。益々興味が湧き、好きになったのは言うまでもありません。
もっともっと深く学びたい。そして、この素晴らしいものの紹介者になりたい!

これが、私が「太極拳マスターになりたい」と言っている理由なのです!!


少しでも、太極拳のことが気になって頂けたなら
ポチッとお願い致します!

人気ブログランキングへ